年末雑感  

週刊ブロック通信・論説委員 本間丈士(共和コンクリート工業 代表取締役社長)

日銀は10月31日、「経済・物価情勢の展望」を発表した。生鮮食品を除く消費者物価上昇率は、2022年度が前年度比(実績)3.0%であるのに対して、10月31日の見通しでは、2023年度2.8%、2024年度2.8%、2025年度1.7%となっている。7月の同じ展望リポートでは、2023年度2.5%、2024年度1.9%、2025年度1.6%と予測していたが、今後の3年間の予測値をいずれも上方修正し、3%前後の物価上昇が続くとしている。

一方、現在の世界的インフレは、「世界インフレの謎」(渡辺努著:講談社、現代新書)によれば、新型コロナウイルスのパンデミックが要因であり、ロシアのウクライナ侵攻ではないとしている。パンデミックにより、グローバリゼーションを通じて構築してきた世界の物流ネットワークが寸断されてしまった。半導体不足により自動車をはじめとする多くの製品の納期が混乱し、インフレを招いた。パンデミックが収束しても、需要が供給を上回るというアンバランスが経済のあちらこちらで生じ、物価上昇を引き起こしている。大災害とは異なり、生産活動を支える資本・労働・技術という基盤は、ほとんど損なわれていない。パンデミックは、全世界で同時に発生した。テレワークの拡大やシニアの早期リタイアなど労働者や消費者の行動変容も、全世界で同期的に発生した。パンデミックによる世界的同期が、今までにない世界インフレを起こしているとの見解だ。

ところで、岸田総理は来年の賃上げに期待していると思われる。賃金の引上げ、人材の採用、人材育成の投資などには人件費が必要となる。人件費の原資は労働生産性や労働分配率の上昇が必要だ。労働分配率は、企業業績により変動があるが、日本企業では概ね60%台後半が通常ではないだろうか。省人化・省力化、機械化、IT活用などの投資によって労働生産性を継続的に引上げることが、安定かつ継続的な賃金引上げを可能にすると思われる。

しかし、日本的経営において、労働生産性と賃金を持続的に引上げることは難題である。日本の企業では、従業員の解雇要件が厳しく安易な解雇はできない。労働環境の改善や従業員の配置変更など、多くの努力が求められる。しかし、このように安易に解雇できない状況が日本企業の強さの源泉であり、日本的経営スタイルの重要な要素になっているという考え方がある。

トヨタ自動車の豊田章男社長は、豊田達郎元社長のお別れの会で「GMとの合弁新会社で社長を務めた時、米国の地でも『従業員は家族』という創業者豊田喜一郎の言葉を実現した」と述べたという。また同社の奥田碩元社長は、「雇用を切るなら、その前に経営者は自分の腹を切れ」と言ったそうだ。このように、本来の日本的経営は非常に厳しい。

「平成の経営」(伊丹敬之著:日本経済新聞出版社)では「ぬるま湯の日本的経営<厳しい欧米型経営<厳しい日本的経営」と分析し、トヨタ自動車や本田技研工業などに代表される「厳しい日本的経営」の優れた点を明らかにしている。このような厳しい日本的経営を実現するのは容易ではないが、労働生産性と賃金を持続的に引上げる上で、このような経営を目指すことが重要だと思われる。

ある人から「本が会社を強くする 教科書経営」(中沢康彦著:日経BP)という本を紹介された。星野リゾートの星野佳路代表をはじめ、ワークマンの土屋哲雄専務、ジャパネットたかた創業者の高田明氏など十数名の経営者が76冊の本を紹介している。星野氏は「経営学の教科書を実際の経営にフル活用する」と公言している。かつて日本企業は、人材育成でOJTに重きを置いた。しかし、OJTで得られる経験や知識、知恵、解決法などを書いた教科書がある。他業種から社長になったり、20代30代の起業家が活躍したり、あるいはMBAを取得者した社長も増加している。かつてOJTで学習したことが、経営学の教科書によって座学で身につけられるからだと思われる。若手社員の皆さんも76冊の一部でも読了し身につければ、起業家や会社の経営者になれるかもしれない。

人材を育成し、長期の成果を求めるなど日本企業が長年に亘り実行してきたこの厳しい日本的経営と教科書経営は相性が良いのかもしれない。日本企業の将来は明るいと思っている。もちろん、ぬるま湯の日本的経営では将来に疑問符が付くことを忘れてはいけない。

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