プレキャスト業界のニューノーマル  

週刊ブロック通信論説委員・武井 厚(株式会社武井工業所 代表取締役) 

私たちの生活はようやく「コロナ危機モード」から「平時モード」に戻りつつある。

コロナ禍では外出が制限されたため、仕事面ではオンライン会議やテレワークが当たり前となり、生活面ではオンラインショッピングやデリバリーサービスが拡大するなど、私たちの生活様式は短期間のうちに大きく変化した。コロナ禍で浸透したこのようなイノベーションは今も価値を提供し続けており、「ニューノーマル」と呼ばれるようになった。

コロナ禍の間に、一気に浸透したビジネス界のニューノーマルのひとつは「脱炭素」であろう。2015年の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択され、2016年に発効した気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」のことを知っている人は多い。だが、日々セメントを使い、ボイラーを焚いている我々プレキャスト業界で、このパリ協定を自分のビジネスの商機と捉えた人は何人いただろう。どこか漠然と他人事として受け止めていた脱炭素を、好むと好まざるとに関わらず、現実的なビジネスとして自分事にせざるを得ないのがこのニューノーマルではないだろうか。もしこのニューノーマルを他人事のまま放置した場合、ビジネスにおいてどのようなリスクがあるだろうか?

想定される具体的なリスクを、ここではふたつ挙げたい。

ひとつは、就職先として選ばれにくくなるというリスクである。2020年度から本格実施となった新学習指導要領に「持続可能な社会の創り手の育成」が盛り込まれるなど、教育現場では環境教育に力点が置かれている。そのため、今後は気候変動などの環境問題に高い意識を持った若者が社会に輩出されるようになる。日本総合研究所が、2020年度に全国の中学生、高校生、大学生を対象に行った意識調査では、47.2%が「環境問題や社会課題に取り組んでいる企業で働く意欲がある」と答えている。これを大学生にかぎると55.3%となり、既に「エシカル」という新たな価値観が学生の間に定着しつつあることが分かる。その割合は今後さらに上昇していくと考えられ、給与水準などの処遇もさることながら、脱炭素などの環境問題に取り組んでいるか否かが企業選びの重要なファクターになるに違いない。
 もうひとつのリスクは、お客様から選ばれなくなるリスクである。日本政府が温室効果ガス(GHG)の排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を宣言したことを受けて、国土交通省はグリーン社会実現に向けた政策パッケージ「国土交通グリーンチャレンジ」を策定した。既に低炭素型コンクリートを採用した試行工事が始まっており、今後は地方公共団体を含めた公共工事全体で、この流れが加速していくだろう。また、環境情報開示ルール変更により、上場企業はサプライチェーンベースのGHG算定と開示が求められるようになった。民間工事の発注や施工の主体となるデベロッパーやゼネコンなどの上場企業は、ESGで投資家から見放されないようにするため、サプライチェーンベースの脱炭素に取り組まざるを得ない。状況は人手確保に苦労している非上場の建設会社も同様で、当然、我々プレキャストコンクリート製品業界もこの流れとは無縁ではいられない。

問題は「脱炭素にどう取り組むか」だ。ある銀行の役員によると、最近は取引先である中小企業の経営者から「脱炭素は何から手をつければよいのかわからない」、「自社では対応できそうにない」などの相談を持ちかけられることが多いのだという。その役員は「プレキャストコンクリート業界の一部で始まった業界横断的な手法に注目している。」とも話していた。大企業に比して一般的に経営資源が乏しい中小企業や中堅企業が、GHGのサプライチェーン排出量を実質ゼロにするまでの期限をそれぞれが定め、お互いにその技術やシステムを持ち寄って協力して進めていく手法のことで、これは他の多くの業界の参考にもなるという。

言われてみれば、たしかにそうかもしれない。似かよった材料や設備を用いて、同じような産品の生産販売を行っていれば、脱炭素の方法も共通項が多いはずだ。まして、脱炭素への取組みそのものが、現時点ではまだ確かな競争優位にはなっていないため、協力関係を築きやすい。自社だけですべてを手掛けるよりも、情報面をはじめあらゆる側面で効率的な取組みができる。言い換えると、中小企業や中堅企業が脱炭素の分野でバーチャルに大企業化できる手法でもある。そのバーチャル大企業内では、共同体としての連帯が産まれるに違いないし、脱炭素以外のニューノーマルに対応するためのコラボレーションが誕生する可能性もある。

 当然ながら、業界とそこに属するそれぞれの会社には歴史があり、様々なしがらみもある。しかし、インパクトがあるニューノーマルが出現したときこそが、これまで内包してきた課題を乗り越える最大のチャンスではないだろうか。これまでJPCF(日本コンクリート製品フォーラム)が目指してきたものとの類似性が、そこにあるような気がしてならない。

[末筆となりましたが、JPCFをはじめとして業界の発展に尽力され、人生のよき先輩、業界のよき同志、そして酒を酌み交わすよき友であったイズコン社故福田康伴氏に対し、この場を借りてこの論説を哀悼の意として捧げることをお許しいただきたい。福田さん、ありがとう。その御霊が安らかなることをお祈りします。]

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