DAY1
週刊ブロック通信・論説委員 武井厚(武井工業所 代表取締役)
コロナ禍は過ぎ去ったが、その後は地政学的な緊張、世界各国の政治や経済の動き、異常気象、様々な災害の発生など、激動する世界情勢が私たちの生活をはじめ、事業運営にも大きな影響を及ぼし、将来の不確実性が以前より増大しているのではないだろうか。将来は過去・現在の延長線にあるとして、事業環境の質的変化が少ないという前提でもそれほど大きな取りこぼしをせずに済んできたが、それはもう通用しないのかもしれない。
日本の労働人口の減少は、我々の事業環境に大きな影響を与えるファクターのひとつだ。政府推計では、2040年まで年間平均70万人ずつ労働者が減少するとされている。裏を返すと、稼いだ金を積極的に使う世代の消費者が減少し、家や車などモノを労働者世代ほど買わない高齢の消費者人口が増加する。つまり、あらゆるモノの消費が減る可能性が高い。また、足元では、労働者の減少を外国人によって穴埋めし、さらに制度変更によりその人数や期間を拡大しているが、彼らを送り出している国も経済発展中である。わざわざ日本まで来て稼ぐ必要がいずれなくなるであろう。円安基調がこのまま続けば、その流れは加速する。さらに、出生率を上げるための努力も様々に行われているが、仮にそれが奏功しても女性の人口そのものが減っているから出生数全体が増えることはまずない。よって将来の労働者も増えない。人手不足はこれから先もずっと続いていくだろう。増え続けてきた日本の総人口は2011年にピークアウトした。その後は、あらゆる側面の「縮小」が再生産されるという、今を生きる日本人が味わったことがない社会環境が続いていく。
このように労働者減少という事象のみをみても、人手不足という直接的な課題に加えて、間接的にも事業環境に様々な影響が考えられ、我々にとってそのほとんどが初見となる。効率化や労働参加率の引き上げにより、人手不足はある程度は解消できるかもしれないが、消費が減って、内需の伸びはあらゆる産業で期待できず、つまり量的成長が期待できない(高齢者向けビジネスは別。需要が伸びるだろう)。
このように将来が質的に変化するとき、それに対処するためのヒントはないだろうか?
インターネット経由の小売を主軸としているAmazon(アマゾン)。規模が大きすぎて参考になることが一見なさそうだが、次々に技術革新が起き、ビジネスの仕組みが変化するなか、情報革命をリードしつづけるその根幹にあるものを、ヒントになるか分からないが、ここに紹介したい。
創業30年弱ながら、全世界での売上高は5,748億ドル(2023年12月期。為替レート1ドル=150円で約86兆円)と世界で有数規模の会社である。わが国でも多くの人に利用され、日本での売上は3.7兆円と報じられている(なお、楽天の連結売上は約2兆円である)。そんなアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスは、毎年の「株主への手紙」の最後に必ず次の言葉を付すという。
「Day Two(二日目)は停滞です。そのあとに続くのは迷走、さらにつらく痛ましい衰退、そして最後には死です。ですからアマゾンはいまも変わらずDay Oneのステージにいます。」
Day Oneとは創業初日のこと。いまをときめく巨大テック企業が「毎日がスタートアップ初日」と考えている。アマゾンジャパンのウェブサイトにも「Amazonの 『Day One』(毎日がはじまりの日)という考え方は、すべてのことに対して、新しい組織の初日のエネルギーと起業家精神で行うための、Amazonのアプローチです。」とある。ちなみにアマゾンの2023年12月期の研究開発費は856億ドル(前述の為替レートで12.8兆円)と巨額で、これは売上高の実に約15%に相当する。Day Twoの到来をとにかく遠ざけるため、新たな開発を精力的に実施しているのがわかる。それは、事業の変遷でもわかる。最初は書籍のECサイトからスタートした。いまでは書籍以外のあらゆるジャンルの物販はもちろん、映画やドラマまでも自ら制作して配信する。電子書籍を読むリーダーや、スマートスピーカーをアウトソースせず自社でゼロから開発し、コンテンツビジネスのプラットフォームとしている。利用していると分かるが、日々止まらずサービスが増加しながら進化している。(そして利用者はどんどん囲い込まれる。)
それでは、アマゾンが常にDay Oneであるために自らに課しているいるものは何なのか?それは、やはりアマゾンジャパンのウェブサイトに掲載のミッションステートメントにある。
「Amazonは4つの理念を指針としています。お客様を起点にすること、創造への情熱、優れた運営へのこだわり、そして長期的な発想です。」
これを「お客様を起点としてニーズを常に探し、そのニーズに合うツールやスキルを創造し、全てのオペレーションを磨きつづけ、アマゾンが社会のインフラとなるようにする。」と読み替えられないだろうか。
自分たちが売りたいものを、自分たちが売りたい方法で売ることはすでにDay Twoであり、お客様が欲しいものを、お客様が買いたいと思う方法によって売るための仕組みであるためには毎日Day Oneである必要がある、そうすれば人々に欠かせないサービス(=インフラ)であり続けられるということではないだろうか。
今まで通りをやり続けてDay Twoを迎える。それは機関銃を持つ相手に竹やりで向かっていることになり、早晩死に繋がる。過去・現在の延長にはない不確実な将来へのヒントは、自分の事業や仕事がいつもDay Oneのステージにあると意識し、自らの商売の仕方を毎日再定義し直すくらいの覚悟が必要ということなのだろう。